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活動内容

 

ジェーン物狂い (2002)

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台本、音楽:デイヴィッド クランダル

Kurozuka

 

私は、W.B.イエイツの詩にあらわれるジェーンという登場人物にインスピレーションを得て、『狂気のジェーン』の言葉と音楽を1983年に書きました。その頃、ミシガン大学で作曲で学士号をとり、東京で能を4年間ほど勉強していました。能の美学に影響を受けた新しいダンスドラマを書いてみたくてうずうずしていました。最初の作品はコーラスとフルート、クラリネット、チェロ、マリンバ、パーカションからなるアンサンブルの為に書かれ、1983年の9月に東京ユニオン教会で初演が行われました。何年か後、シアター能楽の一員であるマット デュブロフの演出のもと、ハワイ大学で、違った音楽で演奏されました。

時が過ぎ、『狂気のジェーン』は静かに引き出しの中で、2001年にリック エマートが私にアプローチするまで眠っていました。リックは音楽を能の楽器の為に書き直して、あらたにひとつの能の作品として創り直さないかと、私にもちかけてきたのです。最初は躊躇していたのですが(どれぐらいの大変な仕事になるかわかっていたので)テクストを読み直し、リックから援助すると言う約束を得た後、やってみることにしました。

シアター能学は、2002年の8月、ブルームズバーグでの恒例のワークショップで、改訂された『狂気のジェーン』の稽古を始めました。そのプロセスは2003年の8月まで続きました。(その間音楽の譜が完成されていきました。)リックと大鼓の釜満男さんの助けによって、最初の楽譜の旋律と韻律の形態を残しつつ、それを能の囃子方が演奏する鼓とフルートの形態に合わせていくような音楽をつくり出しました。結果として出来たものは、遺伝子的レベルとでもいうようなものの融合とでもいいましょうか。これによって、新しい種類の有機的な統合が達成され、シアター能楽がこれから探求していくであろう新しい発見の分野が開けたような気がします。『狂気のジェーン』はノースキャロライナ芸術学院で2005年から2006年にかけての滞在期間中の中心になる作品であり、その為のツアーが予定されています。

キ。ジェーンは若い男にトムと似たものを見ます。そして男に、彼女とトムがいつか村の芝生の上で踊ったか、トムが去って行って自分がどんなに胸が張り裂けそうな思いをしているのかと言う話をするのでした。話をしながら想いでの中にはいっていくジェーン。若い男を自分のパートナーに引き込んで、舞いはじめます。物語はジェーンが舞いながら消えて行くところで終わります。残された若い男はジェーンがどうなったのか困惑し、あらたな破滅と狂気のサイクルが始まるのです。(デイヴィッド クランダル)