活動内容
鷹の井 (2001)
台本:ウィリアム バトラー イェイツ
音楽:リチャード エマート
アイルランドの詩人/作家W.B.イェイツ による『鷹の井』は1916年に初めてロンドンで公演されました。この作品はイェイツの能への興味を反映していました。イェイツ自身は本物の能の公演は見たことはなかったのですが、彼の友達でアメリカ人の詩人、エズラ パウンドによって編集された、アーネスト フェノロサの翻訳で、能と出会いました。『鷹の井』は能の影響を示すいくつかの彼の作品の中のひとつです。
この作品は、能の世界にとって、大変重要な意味がありました。おそらく戦後の学者/批評家の中で最も優れている横道まり氏をはこの作品を日本語で能舞台にあてて、二度改作しました。一度目は1949年に、伝統的な能の構造に近く創られた『鷹の泉』です。二度目は1967年の『鷹姫』です。これは、伝統的な能からはなれた、自由な形態をとっていました。『鷹姫』のリバイバル公演は日本中をとおして、数えきれないほど行われています。
ス『鷹の舞』へとすすんでいきます。鷹はククレインを泉から離れたところに連れて行き、ちょうど水が湧いた頃には、老人を眠らせてしまうのでした。こうしてどちらの男も水を飲むことが出来ません。最後には、ククレインは他の泉を求めて去ります。自分の生涯をこの実りのない試みに費やしてしまった老人は、寂しく後に残ります。この作品の英語版は1981年にジョナ サルツの演出により、京都のNOHOシアターグループによって、上演されました。リチャード エマートはその翌年、東京で、NOHOの演出をしました。又、1984年に松井彬とエマート演出による、シドニー大学の学生のプロダクションが行われました。NOHOはそれ以後、1985年にジョナ サルツの演出、1990年にリチャード エマートの演出でと、京都で二度この作品を上演しています。
『鷹の井』はシアター能楽が2000年の8月、最初のブルームズバーグでの稽古で、取り組んだ最初の作品でもあります。その翌夏、シアター能楽の最初のツアーを計画するにあたって、再びこの作品がとりあげられました。2002年の9月には、ヴァージニアのハンプデンーシドニー大学での10日間の滞在の後、この作品は、サンフランシスコ大学、デューク大学、ウイリアムス大学、マサチューセッツ大学アムハースト校、ウエスレイ大学、ポートマス音楽ホール等で上演されたシアター能楽の最初の作品となりました。
